フェリー・ポーライ氏 プロフィール

1944年9月2日、ハンガリーで生まれたフェリー・ポーライ氏は、厳しい共産主義下で苦しい少年時代を過ごされました。

1956年のハンガリー動乱により強い衝撃を受け、1960年の15歳の時、オーストリアへの単独亡命を決意します。当初はドイツ語も話せず、ウィーン郊外の農場で働き、お金を貯め、インスブルックにやってきました。

インスブルックでは様々な仕事をしながら学校に通い、大学入学資格を取得。その後、インスブルック大学で法学、国民経済学を専攻しました。

ポーライ氏が妻、ヴァルトラウト夫人に出会ったのは、1966年のことです。それまでサッカー、ボクシングといった、まったく異なる分野で活躍していた 彼のダンスの才能を見出したのは、ヴァルトラウト婦人でした。

1970年に国民経済学の学位を取得後、ドイツやオーストリアの大企業で、対東側諸国の販売責任者として7年間勤務します。働きながらも熱い情熱をダンスへと注ぎ続け、オーストリア・アマチュア選手権で5回優勝、国際的なプロ選手権でも数回に渡り優勝し、世界ランキングでは10位以内の実力を常にキープしていました。

1978年にダンス学校を開校し、今では一流有名校「ポーライダンス学校」 としてオーストリア中に名を馳せています。

国際的な大会でダンスを踊ることはなくなりましたが、 後進の若手育成に 喜びと充実を感じる毎日を過ごされています。

 

ダンス経歴   

・ オーストリア・アマチュア選手権で5回優勝

・ プロ選手権で複数回優勝し、世界トップ10に   

 

ダンス関連   

・ ポーライダンス学校校長世界ダンス議会のシニア・ヴァイス・チェアマン

・ オーストリアダンス教師協会会長

・ 国際ダンス選手権での審査員

・ インスブルックでのワールドマスターズ(世界選手権)開催の責任者

・ オーストリアでの多数の舞踏会のオーガナイザー  

 

社交界マナー関連  

・ オーストリア文部省認定 「社交界認定書」 の発案者

・ オーストリア・社交界マナー審議会メンバー

・ オーストリア及びドイツの大企業(大手銀行等)や、料理、観光専門学校でビジネス・接客マナー講  座を実施

・ 青少年育成目的の下、オーストリアの中学や高校で社交界マナー講座を実施   

 

日本関連   

・ 日本食、日本文化、そして日本独特の「和」と礼儀作法に興味を持つ 親日家

・ 日本で開催される「アジア・オープンダンス世界選手権」に、審査員として参加

・ 日本の各旅行会社、ホテル、その他団体が主催するイベントでの社交ダンス・社交界マナープログ  ラムの提供、オーストリア文化の紹介

・ 日本での舞踏会やダンスパーティーのオーガナイザー

・ 日本の各メディアでの活躍

・ 2006年放映『地球見聞録』へのテレビ出演やその他数多くの雑誌・新聞などのインタビュー

・ テレビ番組『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』(日本テレビ系)で、南原清隆、杉本彩、小池栄子な   ど、多数の芸能人に社交ダンスと社交界マナーのレッスンを 行う

・ 2008年より全国で舞踏会や”ルースティック・ダンス”フェスティバルなどを開催しているポーライ・ア  カデミージャパンの監修として活躍

 

 

 

 

© JTC Japan Tyrol Coordination 2007

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